aphanisis

すべて真実

『中論』の目的

インドCの初回のレポート。一部改筆。

―――――――――――

 

『中論』はどのような目的のもとに書かれたか.龍樹はつぎのように述べている.

 

問曰.何故造此論.答曰.有人言萬物從大自在天生.有言從韋紐天生.有言從和合 生.有言從時生.有言從世性生.有言從變生.有言從自然生.有言從微塵生.有如 是等謬故墮於無因邪因斷常等邪見.種種説我我所.不 知正法.佛欲斷如是等諸邪見 令知佛法故.先於聲聞法中説十二因縁.又爲已習行有大心堪受深法者.以大乘法説 因縁相.所謂一切法不生不滅不一不異等.畢竟空無所有.如般若波羅蜜中説.佛告 須菩提.菩薩坐道場時.觀十二因縁.如虚空不可盡.佛滅度後.後五百歳像法中. 人根轉鈍.深著諸法.求十二因縁五陰十二入十八界等決定相.不知佛意但著文字. 聞大乘法中説畢竟空.不知何因縁故空.即生疑見.若都畢竟空.云何分別有罪福報 應等.如是則無世諦第一義諦.取是空相而起貪著.於畢竟空中生種種過.龍樹菩薩 爲是等故.造此中論[1]

 

 すなわち,世には大自在天より万物が生じたという人もいれば,韋紐天から生じたという人もいる.あるいは,和合や時間や自然や微塵から万物の起こりを主張する人びとがいる.だが,釈尊はそれら諸説(邪見)を否定し,十二因縁を中心とした仏法を説いた, と龍樹は言う. そして,仏の教えである正法を広く世に知らしめるため,また仏後 500 年にしておとずれる像法の時代に生きる人びとのために,『中論』を造ったと宣言している.

 これは『中論』の第一章目にあたる「観因縁品第一」の冒頭,すなわち『中論』全体の最初にあたる箇所に書かれた文言だが,わたしたちはこれを,一種のステートメ ントと見做すべきである.なぜなら,龍樹の動機には,力強い思想が認められるからである.ここで筆者がいう思想とは,もちろん邪見の否定と仏法に対する帰依であることは言うまでもない.

 しかし,龍樹が批判の矛先として目論んでいたのは,実は仏教外部の存在だけではない.大乗仏教の時代に先だって成立した,アビダルマをも批判の対象としているのである.もっとも,龍樹が『中論』で中心的に扱う「空」自体が,ひいては空を母胎とする般若経典が,すでにアビダルマ批判の思想を内含している.少々長いが,梶山雄一の指摘を引用しよう.

 

初期大乗仏教の中心的な哲学である「空」の思想は当時流行していた部派仏教のア ビダルマの実在論にたいする反定説として形成された.…(引用者:略)…『八千 頌』においてはその哲学は第一・二の二章に集約的に語られているといってよい. そこでは種々の形態で空の思想が述べられているが,そのさい,五蘊,十二処,十 八界,六界,(四)念処・(四)正勤・(四)神足・(五)根・(五)力・(七)覚支・ (八)正道の三十七菩提分法, 預流・一来・不還・阿羅漢の四果,独覚性,仏陀 性,有為・無為,無余涅槃などの法数が挙げられ,その一いちを取得し( pari√grah)たり,そこに心をとどめたり(√ sthā),執着したり(abhi-ni√vis)してはなら ないといわれている.つまり,アビダルマ哲学が実在として固執する諸法を否定することに専心しているのである.[2]

 

 ゆえに,龍樹の『中論』に反アビダルマ的な気分が漂っているのは必然的とすることができる.

 ところで,龍樹が『中論』に込めた思想性は,一方が邪見批判であり,他方が 仏法への帰依,そこに起因する正法の布教であった.ゆえに,わたしたちは龍樹がどのように仏法をとらえていたかを確認しなければ,龍樹の意図を精確に読み取れたことにはならない. そこで重要であるように思われるのは,龍樹はこのステートメントにおいて,「先於聲聞 法中説十二因縁 」「佛告須菩提.菩薩坐道場時.觀十二因縁 」などと述べている点ではなかろうか.単純な解釈をほどこせば,十二因縁こそ釈尊の真面目であったと龍樹はとらえていたと読むこともできよう.―松本史朗による一連の空研究の核心はここにあるといってよい―[3]

 以上,『中論』の目的を確認した.今後は『中論』本論の思想性や,それとまつわる仏 教思想,経典等を確認していき,レポートの主題を考えていくこととする.

 

 

 注

[1]  龍樹,鳩摩羅什訳「観因縁品第一」『中論』.

[2] 梶山雄一,「般若思想の生成」58-59.梶山雄一,三枝充悳,泰本融ほか著『講座大乗仏教2 般若思想』所収(春秋社,1983 年).

[3] ここで筆者が「一連の空研究」と述べているのは,『縁起と空 ――如来蔵思想批判』に代表される諸研究を指す.この場で松本の研究について詳述することは目的から逸れるため控えるが,松本の着眼点が次のものであったことについてだけは付言しておく必要がある.すなわち,龍樹の『中論』の核心が十二縁起にあること,より精確にいえば,八種類の限定的な価値を帯びた縁起にあること,縁起と「空性」が同義として扱われる点.これらに立脚した研究を松本は展開させている.

 

 

 

引用文献

梶山雄一「般若思想の生成」2-86。梶山雄一、三枝充悳、泰本融ほか著『講座 大乗仏 教2 般若 思想』所収。春秋社。1983 年

 

引用文献

梶山雄一「般若思想の生成」2-86.梶山雄一,三枝充悳,泰本融ほか著『講座 大乗仏 教2 般若 思想』所収.春秋社.1983 年

 

 

参考文献

 

三枝充悳訳『中論 ――縁起・空・中の思想(上)』.第三文明社.初版 1984 年,修訂版 第 6 刷 2009 年.

松本史朗「空について」『駒澤大学仏教学部論集 』KJ00005120689.pdf (komazawa-u.ac.jp) 

井上円了『印度哲学綱要』.金港堂.1898 年.国立国会図書館デジタルコレクション

印度哲学綱要 - 国立国会図書館デジタルコレクション


 

謝辞

 

 本レポート作成にあたっては,大蔵経テキストデータベース委員会が運営するSAT大正新脩大藏經テキストデータベースを活用しました.運営者諸氏に篤く感謝申し上げます.