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すべて真実

いやあ

ここんところ閲覧者数が日によってまちまちだったーー10ぐらいのこともあれば50ぐらいのこともあったーーんだけど、きのう今日は立て続けに100を超えたな。12週間ぶりのことだ。

自選記事は下記だな。新しいもの(2週間ほど前)から古いものへと。

 

 

 

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オカノクン

 

良くも悪くも、込み入った話を対等にできる友人は僕の中で1人しかいない。しかし、「対等」という価値はあくまで僕の側からの話であり、彼からすれば僕なぞ到底「凡庸」な人間の1人なはずだ。そして「対等」という語が使われれば当然ながらやや否定的なニュアンスが纏わりつくものだけれど、そこにシニカルな意図はない。

しかし、きっと彼が最も気にするのは「友人」という名称ーー位置にちがいない。悪びれず、当然至極のように彼に対してこの語を選択したけれど、正直、ぼくもオカノクンを友人と言っていいのかわからない。親しいようで遠いのは共犯関係的な営み故なのだろうが、それでも、おそらく、どちらかといえば僕の不恰好で曖昧な態度が、彼のなかの僕の位置を不安定なものにしてるとも思われるのだが、なんであれ、良くも悪くも、近い世代で芯から面白いと言えるのは、僕にとって彼しかいない。恋人を例外にすればね。

 

さて、前回に古井由吉の話が出たから今回も出すけれど、オカノクンと古井由吉の話をしたのは、僕の記憶が精確であれば計3回。一度は大正大学側の喫茶店で。一度は呑み屋で。一度は足利の、吉増剛造さんのパフォーマンスに招待された時だったと思う。

彼と古井由吉の話ができたのは、たまたま僕の周りで古井由吉を読んでいたのは彼しかいなかったという理由だけなのだけれど、『杳子』『仮往生伝試文』がつまらないという点、ならびに、その代わりに『妻隠』こそ逸品だという点で意見が一致したのは何だか嬉しかった。

妻隠』にただよう緊張感は凄い。「変な匂い」がすると言って熱病に臥している布団の先で戸棚を片付ける妻の後ろつきを観察する時、あるいは、奇怪な老人に声をかけられる場面……。随所に溢れる不穏な陰は、実のところ『槿』以降ーー精確なところはわからないーー、みられなくなったのではないか。

特に主人公の妻が鳶職の男たちに囲まれて野外で酒を飲む場面の、あわやこの女は直ぐ後に犯されるのではないか、あるいは、若い少年と不倫に走るのではないか、という不穏な空気感はどういうことだろう。状況としては滑稽極まりないのに。

 

そんななかでオカノクンが推したのは、たしか『円陣を組む女たち』ではなかったか。『男たちの円居』を彷彿とさせる表題だけれど、この時代の作品こそ小田切秀雄がみたTHE☆「内向の世代」のはずだ。

たしかオカノクンは柄谷行人が推薦してたからこれを読んでいたような気がするのだが、『男たちの円居』についてもまた、柄谷行人は「吉井由吉『男たちの円居』」という、「閉ざされた熱狂」の萌芽的論考において触れている。

もうひとつ、藝大の油画科の内覧展ーーこの時は前半ひどい空気だったのだがーーにおいて、上野公園を歩いてる時、「内向の世代は小説が下手」だと彼が言ったのは凄く腑に落ちたーー同時に、同じようなことを恋人が言っていたのを思い出したーー。ぼくも、古井由吉は決して小説が巧いとは思えなかったから、同意した。

むしろ何故かわからないけど、古井由吉はエッセイの方が巧いし面白い。とくに『山に行く心』はー ー巷では伝説的なエッセイーー『言葉の呪術』なんかより滅法垢抜けてて面白い。小説では難渋な文体を書く癖して、やたら軽妙な文で笑える。「夜の香り」の落語めいたテンションに近いーーちなみに個人的に一番好きな古井由吉の作品は「夜の香り」。それから『椋鳥』の数篇、「雨の裾」などーー。

このエッセイ集では、「北上の古き仏たち」「さて、煙草はどこだ」あたりが好きなのだけれど、恋人は若き日の古井由吉が雪の中で相撲をとる話が好きらしい。なんだか、オカノクンにも読んでもらいたい気持ちになってきた。

ちなみにこの時、「そういえば最近、大江健三郎の『性的人間』を初めて読みました」と伝えたところ、「どうだった」と尋ねられたので、「思ってた以上に性的人間だった」と返したら納得されたものだ。「そうなんだよ、想像以外に性的人間だったでしょ」

この日はその後、アメ横の安いのか高いのかわからない店で飯を食べながら、『美味しんぼ』の話や最果タヒの話なんかをした。正覚講へのアドヴァイスもくれて有り難かったし、最終的にいい感じの空気になれて安心した記憶がある。

 

なんだか、良い話になってしまったな。

 

 

 

 

老を向ふるもの

 

若いうちに死にたいとは思わないが、老いることへの怖気に、二十を迎える直前から震えはじめた、ということはある。

つい先日に一周忌を迎えた古井由吉の、「急坂にさしかかったころ」ーーと本人が言っていたーーに書かれた一作、「辻」ーー短編集『辻』所収ーーは、老いが誘う狂れと、それを間近に見つめ、徐々に狂うその人間の血が、自分の内にも通っていることを折節に自覚する恐怖を描いた、短編の作品である。

老いを狂気への接近と見る古井由吉の思想は、すでに『仮往生伝試文』『白髪の唄』といった中期の作品にわかりやすく出てくるし、それ以前の初期作品にも萌芽らしいものを見つけることはできる。

 

老いるということは。しだいに狂うことではないか。おもむろにやすらかに狂っていくのが本来、めでたい年の取り方ではないのか。では、狂っていないのは、いつの年齢のことか。そうまともに問いつめられても困るのだが‥‥‥。

 

古井由吉「声まぎらはしほとゝぎす」.

 

また、「辻」に登場する「悪相」という語も、老年を迎えた男の面相を指す語として、古井由吉の小説に登場する。『忿翁』などでは、「悪尉」という言葉が用いられていることもあるが、古井の小説における老人の顔貌のイメージは、しばしば能面を借りて具体化されている。

朝原は狂いつづける父に憎悪の念を懐かれる。朝原もまた、父に憎悪を懐く。親戚から別居を勧められ家を離れた暮らしを始めるが、ある夜、何となく家に帰ったところ、玄関先で父に見つかる。父親は怒り猛り、既に意味の頽れてしまった言葉を朝原に発する。当の朝原は、我が身のかたちが父親に近づいてることを悟っていた。

 

門の前に立ってことさらに標札を見あげる自分の体格が、この三カ月の間にも一段とまたいかつくなったのが自分でも見えた。両の腕を長く脇へ垂らしていた。掌は今まで物を握り締めていた形に半ば開いていた。大きな手だった。

風が吹き出して、裏山の葉が馬道の方角から順に裏を返して流れた。何もかも終ってこの動作もこのまますでに記憶となった心地がして門をくぐった。それでいて、これもじきに忘れてしまうので、今のこの自分を覚えていてくれ、と辻の方へ訴えるようにした。すこし猫背になっていた。

玄関を入って来た朝原を見るなり悪相を剥いて、何処の馬の骨だか知らんが、庭のほうへ回れ、と喉声で叫んだきり顎から喘いで崩れ落ちた父親を、母親は膝の上にやっと受け止めて、早く逃げてと哀願するような、縋るような眼を朝原に向けた。

 

古井由吉「辻」.

 

憎む者の血を通わせた自分を、どうして呪わないでいられようか。

私の知人の阿川という男の母親は、もう5年も前になるが、さる一件で正気を失い、極度の妄想から家族と衝突もし、仕事も休まざるを得なくなった。文字通り「壊れた」らしい。当然医者にも診てもらったようだが、もはや手の施しようもなく、数錠の薬だけ出されて仕舞われたらしい。診察後、家族への説明のなかで、「よくまあ、ああなるまで」と放っていたことを医師に笑われたそうな。

「放っていた」とは聞こえが悪いが、阿川に言わせれば、母の狂れの兆候らしいものを生活の中で感じたことはなかったが、母の母、つまり彼の祖母と電話をしたとき、もう数十年も前のこと、おそらく中学の頃だったが、母のなかでそれらしいことがあったのを教えられたらしい。つまり、阿川の母の狂気は、返り咲きということになろうか。

それから間もなく父母は別れたが、父の方にも、別種ではあるが、そういう「ケ」はあったのではないかと阿川は後から私に言った。新年の席、父方の親族が集まったとき、父は怒号を張り上げて父の母と諍いをしたらしい。父の父や兄妹も加わったというので、みな「悪相を剥いて」諍々としていたにちがいない。唯一、叔父だけが阿川に対し、これは間違っているんだ、こうなってはいけない、とひっそり耳打ちしたらしい。

阿川は私に、自分もああなるのではないか、自分にもああいう運命が待っているのではないか、と不安を口にして、最後に婚姻への恐怖を語って噤んだ。

 

しかし、私の方も、年々進む祖父祖母の老化、父母の衰えには静かに慄いたものだ。あれだけ明晰で起伏も整えられていたのが、僅か4、5年も前から、少しづつ乱れはじめた。記憶は曖昧になり、情緒も些細なことで崩れる。醜怪な男女の様子を前に、長く生きることを祈り、願う営みが喜ばしいことであるか、その記憶が、あとあと禍の価値をもつ烙印になるのではないか、祝った側も、呪詛を与えた者として後ろめたくはならないか、と徐に笑いにも似た顔になる。

したがって、私自身、阿川とは違う理由ではあるがーーどちらかといえば朝原に近い理由でーー自分の血とか老いゆく心身を疎んだものだし、今日でも想起することはある。この先も折節に胸にするだろうが、しかし、これを死にむかいつつある作用であるとみれば、老いの狂いを憎み切ることもできない。むしろ変調を変調とわかりやすく見せてくれる点、恩恵のようにさえ思われるところがある。そうとなれば、血にも老いにも、呪う理由は曖昧になり、許容とか余裕とかいう咄では到底ないけれど、覚束ないながらも距離は掴める。すくなくとも、距離を掴もうという気は生まれる。

 

阿川の姉は、それから半月もしてあっさり関西住まいのひとと一緒になって、結婚を正式にした頃には出産も済ませた。それまでは関東の名の知れた劇場で照明の職に就いていたが、一切合切すべてを辞めて、関西では保育士になったらしい。阿川は、当初はとてもではないが受け容れ難い展開だったとは言いつつも、仕合わせそうな姉に胸を撫でおろしているようでもあった。実際、そのときの彼は微笑んでいた。

それでもきっと不安ではあったろうが、そのようなことは余所に、血が繰り返されるとは限らない、というより、血がどういうかたちで反復するかなどわからないものだと言った方が精確だろうが、とにかく、呪いの効果というのはきっと、一様じゃあないんだと、肩を叩いた。

それから1か月も経たず、彼の母は偶に調子を訊ねる程度の連絡を、寄越しはじめたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

美しいままにして身罷ることについて

 

 

美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。十数年前だかに童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかったし、私自身も、数年前に私と極めて親しかった姪の一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。一見清楚な娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様に地獄へ堕おちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。

 

坂口安吾堕落論』.

 

 

堕落論』の考察は、「美しいものを美しいままに終わらせる」ことにはじまる。しかし、それはいわゆる「美しい」=「若い」という構図のもとに語られているのではない。つまり、若いうちにーー美しいままにーー死ぬことの美徳を語っているのではない。そんな美徳は安吾の中にない。なぜなら、先の引用文の直前、安吾は四十七士の切腹について言及をしているからだ。くわえてーーあまり言及されないがーー、安吾が引いている心中事件とは恐らく坂田山心中事件を指していることからも、ここで言われている美しさとは、若さや若さゆえの美貌といった外見的なものではなく、精神性の高いものであると考えられねばなるまい。より厳密に言うのであれば、安吾が危惧するのはそういう美しい者たちが「生き恥を晒す」ことであり、いずれにせよ外見的なはなしではない。むしろそれは社会性と堅く結ばれた価値観である。

そしてその価値観は、坂田山心中にしろ姪の自殺にしろ、安吾の言っている美しさが伝統的な「純潔」の観念に近しい点は見過ごされがちだ。つまり、坂田山のふたりは処女性を保ったままに死んだ点で世間の同情を買ったのだしーーそもそも2人が接近したのは教会であるーー、その文脈に沿って語られる姪の美しさも、処女性を全うして死んだことになりうる。したがって安吾の価値観は、意外にも古典的と言わざるを得ない。

 

しかし、美しいまま(若いうちに)身罷ろうという夢を抱く者は少なくないようだ。老いれば醜く、死ねば不浄なので、今のうちに死にたいという。ナルシシズムが正常に動いているうちに死んでおきたいというわけだ。それは何とも「ロマンティック」な夢だが、明らかに矛盾を抱えている。

なぜなら「死ぬ」とは進んで「死体になる」という意味を与えざるを得ない営みなのだからーーそれがすべてではないにせよーー、意識や肉体といった「若さ」という価値を成立させている諸条件を抜本的に棄捨するものであるのは言うまでもない。また、そうであるなら、たとえ「生き続ける」ことが醜さに近づいていく行為であるにせよ、即時に彼の美しさが捨てられない点において、むしろ存命が「美しさ」を保つ営みであると言う可能性は否定できない。くわえるなら、既に述べたように、せいぜい「美しいままに死にたい」とは、ナルシシズムが機能を十全に果たしているーーというか、異常なまでに機能しているーー段階で死にたいという話なので、このナルシシズムの強度が変化するという予測は簡単にできる。なぜなら、フロイトの指摘したように、ナルシシズムをはじめとする欲望は、波のように時によってその力を増減させるからである。したがって、「美しいままに死ぬ」こととはアポリアな問題である。

「美しいままに死にたい」という夢を、僕自身は見たことがない。見たいと思ったこともない。ただ、見ているひとが近くにはいる。ネットの世界でもよく見かけるものだ。彼らに感動を覚えることなど微塵もないけれど、それでも、このアポリアを覆してまで死んだ人間を美しいと思うことは、きっとあるだろう。欲望を抱いている時点では、それはせいぜい標準的な倒錯でしかない。あるいは、辛い夜を耐え忍ぶための、応急処置だろう。

 

自殺を想うことは強い慰謝剤である。これによって数々の悪夜が楽に過ごせる。

 

ニーチェ善悪の彼岸」.

 

 

 

もっとも、基本的に僕は誰しもが各々のやりたいように生き、幸福に生きていられることを第一に望む人間である。逆説的な言い方だが、だからこそ尊厳を保って身罷る人間に対して、悲哀することもあるだろうが、窮極的にはきっと肯定できるのだ。他者の幸福を願わない人間が、他者の死に優しくあることが可能だろうか。

 

 

 

未熟について

私が教員をやめるときは、ずいぶん迷った。なぜ、やめなければならないのか。私は仏教を勉強して、坊主になろうと思ったのだが、それは「さとり」というものへのあこがれ、その求道のための厳しさに対する郷愁めくものへのあこがれであった。教員という生活に同じものが生かされぬ筈はない。私はそう思ったので、さとりへのあこがれなどというけれども、所詮名誉慾というものがあってのことで、私はそういう自分の卑しさを嘆いたものであった。私は一向希望に燃えていなかった。私のあこがれは「世を捨てる」という形態の上にあったので、そして内心は世を捨てることが不安であり、正しい希望を抛棄している自覚と不安、悔恨と絶望をすでに感じつづけていたのである。まだ足りない。何もかも、すべてを捨てよう。そうしたら、どうにかなるのではないか。私は気違いじみたヤケクソの気持で、捨てる、捨てる、捨てる、何でも構わず、ただひたすらに捨てることを急ごうとしている自分を見つめていた。自殺が生きたい手段の一つであると同様に、捨てるというヤケクソの志向が実は青春の跫音のひとつにすぎないことを、やっぱり感じつづけていた。私は少年時代から小説家になりたかったのだ。だがその才能がないと思いこんでいたので、そういう正しい希望へのてんからの諦めが、底に働いていたこともあったろう。

 

坂口安吾「風と光と二十の私と」

  

 

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ああ、安吾って優しい奴だな。ここまで優しい文学者って他にいるのかい? 草野心平ぐらしいか思いつかないよ。だから、坂口安吾を根性論の焼糞野郎だと思ってる奴は、改心していただきたいね。

 

ところで、安吾はつねに未完成的である。未完成が完成として貫かれているようである。それは宮沢賢治的な、未完成を完成の一形態と見做すような意味ではなくて、つねに未完成というか、未熟さが主張にまつわりついている。そればかりか、その文体も主張も整ったかたちをとっておらず、場所も時間も性も数も格も不整合な感じである。未熟さや未完全さ、歪さが徹底的に認められている。例によって柄谷行人がこれを指摘している。

 

安吾のテクストはまだほとんど汲みつくされていない「可能性」として活きて いる。安吾はつねに過激であり未完成である。というより、彼は完成とか成熟といった制度的な観念と無縁であった。この「未完成」が、 いかなる「完成」にもまして、われわれを刺戟し挑発しつづけている。 知的であることと肉体的であること、倫理的であることと超倫理的(アモラル)であること、地を這うことと天翔けること、 西洋的であることと東洋的であること、文学的であることと反文学的であること、そうした両極性が安吾のテクストほどにダイナミックに統合されている例を私は知らない。

 

柄谷行人安吾はわれわれの「ふるさと」である」.

 

 

安吾は、人間とはわけのわからなぬものだと言ったり、運命を不思議なものだと言ったり、自分の憧れが世捨てだと言ったりする。したがって、断言的ではあるが、物事の奇妙な曖昧さが常に漂流している。安吾が断じているそれらが実のところ何であるか、いつもいまいちわかりかねる。苛烈な口調のなかに、そういう決定の欠如がある。けれど、それは近代文学的な曖昧さだとか、不明瞭さとは無縁である。安吾は決定を欠かすが決して不明瞭ではない、そういう両価性を孕んでいる。彼の口調、主張はむしろ活き活きとしていて瑞々しい。

それはセンシュアルな体験である。安吾の文体から熱気とか力強さといった手触り=感官的=センシュアリティをわれわれは得るが、その感触は確かなもののはずだ。それなのに理解だとか納得だとか、決定性を欠いている。しかし、こういう「感じる」という世界こそ、安吾の文学性、芸術性において最も重大な位置を占めているのだ。

 

 

「感じる」ということ、感じられる世界の実在すること、そして、感じられる世界が私達にとってこれ程も強い現実であること、此処に実感を持つことの出来ない人々は、芸術のスペシアリテの中へ大胆な足を踏み入れてはならない。

 

坂口安吾「FARCE」に就いて」.