■ph■nisis

すべて真実

夜半の雨

 

音がするので外に出たら雨が滴っている。

昨夜のうちに塵捨てを済ませたが、此処から百メートルも離れたところの回収場所まで歩くうち、風があたたかかったのが気になったものだ。だから、雨の予感はすでにあった。春の予兆ではない。

 

 しかし十年住まい続けて、今では寝床の中からお天気を間違えることはなくなった。最初は表通りの車の音で晴雨を聞き分けた。雨の日はタイヤの音が違う。そのうちに、それさえ頼らなくなった。嗅覚か、皮膚感覚か、第六感か、それともマンション感覚と呼ぶべきか、晴の気分で目を覚ませば外は晴、雨の気分で目を覚ませば外は雨、めったにはずれない。深夜に友人と電話をしている。ああ、雨だな、とこちらは屋根を叩く音も庇を叩く音も聞えないのに、そう言う。雨なものか、月が出ていたぞ、と木造住ましの友人は答える。しかししばらくして、ああ、やっばり雨だな、どうしてわかった、と感心する。 マンションの窓は雨音ひとつ伝えないのに、受話器の中から土砂降りのざわめきがさあっと溢れ出てくる。そんなこともあった。 

 

古井由吉「十年ひと暮し」.

 

 

 

 

付記

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