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グレゴリオ聖歌のミサ曲 第4番「Cunctipotens Genitor Deus 全能の父なる神」の「Kyrie」いろいろ

 

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前回ファエンツァ写本を記事にした際、「Cunctipotens Genitor Deus」のKyrieに触れた。今回の記事では様ざまな典礼の音楽にあらわれる「Cunctipotens Genitor Deus」に言及する。

 

そもそも「Cunctipotens Genitor Deus(全能の父なる神)」はグレゴリオ聖歌によるミサ曲のひとつである。以下は同ミサ曲の「Kyrie」。

 


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余程の人気曲だったのか、実にさまざまな典礼音楽に登場する。

 

たとえば『Codex Las Huelga  /  ラス・ウェルガス写本』の「Kyrie:  Rex Virginum」。『ラス・ウェルガス写本』はスペインのサンタ・マリア・デ・ラス・ウエルガス王立修道院に伝わる典礼曲集。サンタ・マリア・デ・ラス・ウエルガス王立修道院はコンポステーラの順路の途中にあるシトー女子修道院で、13~14世紀の典礼曲が収録されている。内訳としてはオルガヌムが50ちかく、モテトゥス60ほど、コンドゥクトゥス15、さらにソルミゼーションのためのエチュードなどもある。

『ラス・ウエルガス写本』のKyrieは2声部からなり、敬虔な雰囲気の濃ゆい仕上がりとなっている。

  

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前回話題にした『ファエンツァ写本』の「Cunctipotens Genitor Deus」のKyrieは鍵盤演奏家たちにも好まれているようで、レーベルから発売されている録音も多く、YouTubeにも動画が少なからず投稿されている。最近でも北欧の演奏家がLPで録音を世に送り出したようだ(2つ目の動画)。

『ファエンツァ写本』の鍵盤音楽の特徴は、右手が細かい動きをする一方で、左手にドローンの役割を担わせる点にある。また、アルス・ノヴァの作品に多く見られる赤字の音符が見受けられるのもこの写本の特色である。Mala Punicaの演奏は楽器を多く使用していてたいへんエモーションでよろしい。3度目の「Kyrie eleison」の歌われる瞬間に打たれる鐘の音など、いささか劇的すぎるほどだ。緩急のついた歌い方をしているのにアンサンブルが乱れない点に技術の高さが窺える。

 


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なお、同写本の「Fons et Origo」のKyrieも「Cunctipotens Genitor Deus」の旋律を母胎にしているようだ。

 


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ノートルダム楽派のクリスマスのためのミサ曲でも「Cunctipotens Genitor Deus」は援用されている。Marcel Pérès  /  マルセル・ペレス率いるアンサンブル・オルガヌム  /   Ensemble Organumの『Ecole Notre Dame:  Messe Du Jour De Noël』に収録されている。なかなか高値のつくこともあるアルバムで、筆者はディスクユニオンの吉祥寺店で購入した。

解説はKyrieの演奏の特徴――最初にソリストがうたい、合唱があとにつづいて反復する――しか述べていないので詳しい情報はわからない。しかし、出典は『Magnus Liber Organi』とのことで、ドローンとオルガヌムの一体になった演奏は明快な心地よさがある。ハルモニア・ムンディはBoxのかたちで宗教音楽作品集を発売する際にほぼ確実に本曲を収録しているので、なかなか人気曲なのだろう。

 


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ちなみに個人的には「Ite Missa Est」がなかなか名曲だと思っており、マルセル・ペレスは本作で印象的な息の長いテノールの旋律のなかに、明確な永遠的時間性の象徴を確認している。

 

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さらに余談だが、マルセル・ペレスとアンサンブル・オルガヌムは『Ecole Notre Dame:  Messe Du Jour De Noël』を発売してから10年後の1995年にリリースした『Ecole Notre Dame:  Mass for the Nativity of the Virgin』でも同作品を録音している。後者は彼らの大いに依拠するビザンティン聖歌の様式を前面に押し出した演奏になっており、雰囲気に差がある。

 

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ノートルダムと「Cunctipotens Genitor Deus」といえば、Guillaume De Machaut  /  ギヨーム・ド・マショーの『Messe de Nostre Dame  /  ノートルダム・ミサ』のKyrieも同作品を母胎としている。

「Kyrie eleison」と「Christe eleison」の、それぞれの2回目の部分で「Cunctipotens Genitor Deus」を素材にしているのが最もわかりやすく聴きとれるはず。もっとも、録音によって当該部分をポリフォニックにするかモノフォニックにするかで別がある(というか依拠している写本の別によるのだろう)。ここではAntoine Guerber率いるDiabolus In Musicaの演奏。

 


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最後はドミニカ共和国に伝わるグレゴリオ聖歌集から。ミサ第1番「In Festis totis duplicibus」(直訳すると「想像をこえる三位一体」)のKyrie。

 

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ほかにもコンポステーラの『Codex Calixtinus  /  カリクストゥス写本』に所収された「Cunctipotens Genitor Deus」などあるのだが、それらはまた別の機会に。